その日、カヤナは機嫌が悪かった。丘の上で待ち合わせていたイズサミも出会ってすぐにそれを感じ取ったらしく、いつもなら意味もないじゃれ合いを始めるところなのだが、挨拶を交わした後しばらく木陰に座りながら無言の時間があった。
 体育座りをし、眼下に広がる町並みを睨み続けるカヤナに観念したのか、イズサミがようやく口を開く。

「ねえカヤナ、どうしたの?」

 あくまで明るい口調で問うてくるのは気を遣っているためだろう。カヤナは深い息をつき、木の幹に背を預けているイズサミに振り返って説明し始めた。

「また女たちに言われたんだ。ここに来る前、中庭で素振りをしていたら、貴族の女どもがひそひそとくだらぬ話を……女らしくないだの野蛮だの、言いたい放題言ってくれる。慣れているから気にすることはないんだが、あのような卑しい表情で他人の陰口を叩くのを見るのは、いささか気分が悪くてな」

 草むらに置いていた剣を手に取り、

「私は戦うのが好きだ。言いたいことがあるのなら正面から堂々と言えばいい、私も相応に受けて立つのだから。しかし貴族の女どもに剣は扱えないし、口で戦おうとすれば、今度はその口の悪さを批判される。いつまでも終わりがない。うんざりするよ」

 怒りまかせに剣の鞘の先をざくっと土に刺す。剣は安定せず、再び草の上に倒れた。
 気にすることはないと言いつつ、このように感情に振り回されている自分自身も嫌で頭を抱えていると、イズサミがカヤナににじり寄ってきたので顔を上げた。彼は微笑しながら身を寄せ、手のひらでカヤナの髪をそっと撫でた。

「みんな、どうしてそんなことを言うんだろう。カヤナは充分、女らしいのにね」

 イズサミの瞳を見つめ返し、てっきり女らしくないことを気にするなと言われるのだと思っていたカヤナは目をしばたたかせる。

「え?」
「カヤナはすごくきれいで、美人で、れっきとした女の人じゃない。お屋敷の女の人たちみたいにお化粧をしなくても、着飾らなくても、カヤナはお屋敷のどの人よりも美しいんだよ」

 迷いなく言うイズサミに、カヤナは上目遣いでおずおずと尋ねた。

「……お前には、私が女に見えるのか?」

 イズサミは一瞬驚いた表情になり、可笑しそうにくすりと笑った。

「それ以外にどう見ろっていうの。ずっと昔からカヤナは女の子だよ」
「でも……周りの者たちは、私を野蛮だと」
「カヤナは」

 遮るようにイズサミは言う。

「誰よりも美しい女の人だよ」

 彼のその真剣な面持ちに息を呑む。

「……」
「だから、カヤナは今のままのカヤナでいいの」

 彼の言葉に胸が満たされ、イズサミを見つめたままカヤナは小さく唇を噛んだ。きっと他の誰も自分にくれることはないだろう言葉を、彼は惜しげもなく使ってくれる。その事実が気恥ずかしくて、たまらなく嬉しかった。イズサミは、カヤナという女性を愛してくれているのだ。目の前にいる、ありのままのカヤナという人間を。
 カヤナは、半ば無意識に青年の名を小さく呼んだ。なに?と首をかしげる男が愛しくて、彼の頬に両手をあて、少し腰を上げて額に口づけを落とす。再び顔を見やると、イズサミは目を丸くしてカヤナを見つめ返していたが、頬を染めて笑み、カヤナの頭を再び愛撫した。